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[C50] これは知りません・・・

流石に63年だと3歳だもんなぁ・・・汗
どうも記憶にあるのは72年に15分番組として放映されたテレビ紙芝居しか・・・
あれも全然イメージは違っていたんですけどね・・・はい
  • 2008-01-28
  • おいちゃん
  • URL
  • 編集

[C51] 記憶

幼い子は人形劇とか好きだし、見ていたかもしれませんね。しかし、3歳ではよっぽどの印象が強くなければ記憶にはのこらないでしょうね。
  • 2008-01-29
  • ま〜さん
  • URL
  • 編集

[C58] はじめまして

60年代の人形劇に些か興味があるものです。懐かしく拝読させていただきました。
人形劇版の影丸は数回見ましたが、顔がはっきり思い出せませんでした。こういう人形だったのですね。人形を戦わせるシーンでのスピード感の演出に凝っていた様な朧気な記憶があります。
東映の映画版はみました。どちらも横山先生の絵とはかなり違った雰囲気でしたね。
  • 2008-02-10
  • リチア
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[C59] ようこそ

はじめまして。
見た記憶があるというと同世代くらいの方ですね。
わたしは数回見ましたが、やはり漫画と異なるので興味を
失ってしまいましたね。
映画版を見たとはうらやましい。見てみたいです。
  • 2008-02-11
  • マーさん
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[C60] 映画版「伊賀の影丸」

人形劇の「伊賀の影丸」をみた記憶があります。もっとも印象的なシーンは、不死身の忍者阿魔野邪鬼は人形でも由比正雪のように総髪でしたが、後を向いて両手で後ろ髪を左右に掻き分けると何とそこには第三の眼がらんらんと輝いていました。これはもちろん原作にはありませんので、びっくりしました。

東映映画「伊賀の影丸」は昭和38年に公開されました。
タイトルバックに伊賀の影丸のマンガが現われたので、横山光輝の原作漫画を使っているのかと思ってよく見るとどうも違う、これは東映動画の誰かが模写したもののようだったので、いやな予感がしました。
監督が、第二東映で里見浩太郎主演の「忍術真田城」「忍術大阪城」の二部作を撮った小野登、脚本が高田宏治(「鬼龍院花子の生涯」や「極道の妻たち」などのベテラン脚本家で最近作は宝塚出身の和央ようかが主演した「茶々 天涯の貴妃」の脚本を担当)でしたが、始まった物語は原作からは影丸と邪鬼の名前を使っただけのオリジナル脚本で、悪い予感は的中したのでした。
どういうことかというと、1582年(天正10年)明智光秀が本能寺に織田信長を討ったときに少人数で堺に滞在していた徳川家康は服部半蔵の指揮する伊賀侍の助けで山越えをしてからくも駿府へ逃げ帰ったという史実を背景にしたものとなっているのです。一方、横山光輝の「伊賀の影丸」は、第2部が「由井正雪の巻」で慶安の変(1651年)を扱っています。つまり、四代将軍家綱の時代です。映画は70年も昔にさかのぼっているのです。しかも、服部半蔵がでてきません。
 そこで物語ですが、影丸(松方弘樹)は伊賀忍者の頭領百地三太夫の命で、明智光秀に雇われた阿魔野邪鬼(山城新伍)を首領とする甲賀七忍衆の手から徳川家康を守って山越えをするというものです。これなら、主人公は伊賀の影丸である必要はまったくありません。
  • 2008-02-12
  • マンチュウ
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[C61]

>マンチュウさん
詳しい情報をありがとうございます。
なるほど、映画版は影丸と言う主人公をかりただけで、原作とはあまり関係ないストーリーだったのですね。
  • 2008-02-15
  • マーさん
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[C189]

「伊賀の影丸」人気が絶頂だったこの頃、民放各局では影丸放映権争奪戦があったと1963年10月の週刊明星にありました。TBSが人形劇、フジが動画(つまりアニメ)
日テレとNETがテレビ時代劇で企画を出しあっていたそうです。なんでまた人形劇に
きめたのか、アニメになっていれば…
ところでこのひとみ座で影丸のスタッフだった人たちの中に後にロボットアニメで
名を馳せる長浜忠夫さんがいました。
ひとみ座テレビ部はまもなくアニメ制作会社東京ムービーとして独立します。
九重版「コメットさん」のアニメ部分も東京ムービー制作で長浜忠夫さんの演出でした。







  • 2009-03-12
  • とも
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[C196]

書き漏らしていましたが私は一年少し前にこの人形劇で現存するフィルムの一部を上映会で見ました。確かに影丸としてみるとちょっと…でしたが人形劇としてみれば相当レベルの高い作品でした。特にセットが緻密でまるで本格時代劇のようなセットでした。現存するのは「由比正雪」の一部ですが左近丸がかなり重要な役回りになっていました。アクションもそれなりに迫力があり、実はそのリアルさが親からクレームになり放送が終了したという話も聞いたことがあります。余談ですが愛川欽也が声優で出演しています。
人形劇に関心のある方なら見て損はないと思いますが残念ながらDVDにもビデオにもなったことがありません。
  • 2009-03-12
  • とも
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[C200] Re: タイトルなし

★ともさん
影丸は当時人気がありましたからね。
争奪戦があったというのはうなずけますね。
本当に私もアニメ版の「伊賀の影丸」を見たかったと思います。
  • 2009-03-13
  • Marrrsan
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映像化版 伊賀の影丸

kagemaru


「伊賀の影丸」は横山光輝の「鉄人28号」と並ぶ名作漫画です。
ここではその映像化された作品について少し述べてみます。

「伊賀の影丸」は1963年に東映映画の実写版とTBSテレビによる人形劇版が作られました。
1963年というと「鉄腕アトム」という初の日本製のテレビアニメが登場した年でもあります。
「伊賀の影丸」がテレビ化決定と少年サンデーに掲載されたとき、わたしはアニメ化されたのかと思いました。しかし、人形劇と知りがっかりしました。それでも何回か見ましたが、それほど興味を持てず見つづけることはありませんでした。いまでもアニメでやって欲しかったと思います。

ところでこの影丸の人形の顔を見て気付いた人はいますか?
そう、この人形版「伊賀の影丸」を担当したのが「ひょっこりひょうたん島」の「ひとみ座」だったのです。「ひょうたん島」にはうまくあっていますが、「影丸」向きの人形劇団ではない気がするのは私だけではないでしょうか。寸詰まりの体型でコミカル、または愛くるしいという感じがしてしまい命をかけて戦う忍者というところからはかけ離れています。そして原作のイメージからもかなりかけ離れています。まだ竹田人形座という糸による操り人形を製作していた劇団に任せたほうが良かったと思ったりします。

なお、映画版「伊賀の影丸」は1963年の夏に公開され、主演が若き松方弘樹、悪役の邪気を山城新伍が演じています。ビデオ化されていますが、今ではなかなか手に入らないようです。私は映画は見ていませんが、映画化を強く記憶しているのにはわけがあります。映画化を記念して「少年サンデー」が懸賞を企画し、私は応募して入賞したのです。そして、私の名前が懸賞の当選者として少年サンデーに掲載されました。雑誌に自分の名が載るというのは子供としては有名人になったようで嬉しかったものです。あの雑誌は保存しておきたかったと思いますが、親に捨てられたと思います(泣)。

(再録)

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[C50] これは知りません・・・

流石に63年だと3歳だもんなぁ・・・汗
どうも記憶にあるのは72年に15分番組として放映されたテレビ紙芝居しか・・・
あれも全然イメージは違っていたんですけどね・・・はい
  • 2008-01-28
  • おいちゃん
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[C51] 記憶

幼い子は人形劇とか好きだし、見ていたかもしれませんね。しかし、3歳ではよっぽどの印象が強くなければ記憶にはのこらないでしょうね。
  • 2008-01-29
  • ま〜さん
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[C58] はじめまして

60年代の人形劇に些か興味があるものです。懐かしく拝読させていただきました。
人形劇版の影丸は数回見ましたが、顔がはっきり思い出せませんでした。こういう人形だったのですね。人形を戦わせるシーンでのスピード感の演出に凝っていた様な朧気な記憶があります。
東映の映画版はみました。どちらも横山先生の絵とはかなり違った雰囲気でしたね。
  • 2008-02-10
  • リチア
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[C59] ようこそ

はじめまして。
見た記憶があるというと同世代くらいの方ですね。
わたしは数回見ましたが、やはり漫画と異なるので興味を
失ってしまいましたね。
映画版を見たとはうらやましい。見てみたいです。
  • 2008-02-11
  • マーさん
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[C60] 映画版「伊賀の影丸」

人形劇の「伊賀の影丸」をみた記憶があります。もっとも印象的なシーンは、不死身の忍者阿魔野邪鬼は人形でも由比正雪のように総髪でしたが、後を向いて両手で後ろ髪を左右に掻き分けると何とそこには第三の眼がらんらんと輝いていました。これはもちろん原作にはありませんので、びっくりしました。

東映映画「伊賀の影丸」は昭和38年に公開されました。
タイトルバックに伊賀の影丸のマンガが現われたので、横山光輝の原作漫画を使っているのかと思ってよく見るとどうも違う、これは東映動画の誰かが模写したもののようだったので、いやな予感がしました。
監督が、第二東映で里見浩太郎主演の「忍術真田城」「忍術大阪城」の二部作を撮った小野登、脚本が高田宏治(「鬼龍院花子の生涯」や「極道の妻たち」などのベテラン脚本家で最近作は宝塚出身の和央ようかが主演した「茶々 天涯の貴妃」の脚本を担当)でしたが、始まった物語は原作からは影丸と邪鬼の名前を使っただけのオリジナル脚本で、悪い予感は的中したのでした。
どういうことかというと、1582年(天正10年)明智光秀が本能寺に織田信長を討ったときに少人数で堺に滞在していた徳川家康は服部半蔵の指揮する伊賀侍の助けで山越えをしてからくも駿府へ逃げ帰ったという史実を背景にしたものとなっているのです。一方、横山光輝の「伊賀の影丸」は、第2部が「由井正雪の巻」で慶安の変(1651年)を扱っています。つまり、四代将軍家綱の時代です。映画は70年も昔にさかのぼっているのです。しかも、服部半蔵がでてきません。
 そこで物語ですが、影丸(松方弘樹)は伊賀忍者の頭領百地三太夫の命で、明智光秀に雇われた阿魔野邪鬼(山城新伍)を首領とする甲賀七忍衆の手から徳川家康を守って山越えをするというものです。これなら、主人公は伊賀の影丸である必要はまったくありません。
  • 2008-02-12
  • マンチュウ
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[C61]

>マンチュウさん
詳しい情報をありがとうございます。
なるほど、映画版は影丸と言う主人公をかりただけで、原作とはあまり関係ないストーリーだったのですね。
  • 2008-02-15
  • マーさん
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[C189]

「伊賀の影丸」人気が絶頂だったこの頃、民放各局では影丸放映権争奪戦があったと1963年10月の週刊明星にありました。TBSが人形劇、フジが動画(つまりアニメ)
日テレとNETがテレビ時代劇で企画を出しあっていたそうです。なんでまた人形劇に
きめたのか、アニメになっていれば…
ところでこのひとみ座で影丸のスタッフだった人たちの中に後にロボットアニメで
名を馳せる長浜忠夫さんがいました。
ひとみ座テレビ部はまもなくアニメ制作会社東京ムービーとして独立します。
九重版「コメットさん」のアニメ部分も東京ムービー制作で長浜忠夫さんの演出でした。







  • 2009-03-12
  • とも
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[C196]

書き漏らしていましたが私は一年少し前にこの人形劇で現存するフィルムの一部を上映会で見ました。確かに影丸としてみるとちょっと…でしたが人形劇としてみれば相当レベルの高い作品でした。特にセットが緻密でまるで本格時代劇のようなセットでした。現存するのは「由比正雪」の一部ですが左近丸がかなり重要な役回りになっていました。アクションもそれなりに迫力があり、実はそのリアルさが親からクレームになり放送が終了したという話も聞いたことがあります。余談ですが愛川欽也が声優で出演しています。
人形劇に関心のある方なら見て損はないと思いますが残念ながらDVDにもビデオにもなったことがありません。
  • 2009-03-12
  • とも
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[C200] Re: タイトルなし

★ともさん
影丸は当時人気がありましたからね。
争奪戦があったというのはうなずけますね。
本当に私もアニメ版の「伊賀の影丸」を見たかったと思います。
  • 2009-03-13
  • Marrrsan
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Author:まぁ様
昭和30~50年代のテレビ、漫画などに興味あり。

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