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[C132] No title

小沢先生の作品でして連載雑誌はサンデー、マガジンと2誌にまたがっていたかと記憶しています・・・
もっともマガジンの連載は別PNで連載していたかと・・・はい
噂では手塚先生のW3での問題の報復に引き抜いたとか・・・まぁ、定かではありませんが・・・汗
秋田書店での出版後には復刻としてなつ漫キングのABC出版で同人誌レベルの出版はされましたが近年マンガショップでの復刻の依頼は断ったとかと聞き及んでおります・・・はい
お世話になったなつ漫キングへの顔立てだったかと・・・あっ、これ内緒にしててね・・・汗
  • 2008-09-09
  • おいちゃん
  • URL
  • 編集

[C133] No title

★おいちゃん
サンデーからマガジンに移ったと言うのはまったく
覚えていませんでした。
いろいろ教えていただきありがとうございます。
  • 2008-09-10
  • ま〜さん
  • URL
  • 編集

[C134] No title

色付きの文字記憶に残っていないのは、たぶん短期連載だったからでしょう。
最初の少年サンデー版は、「アンロックマシーンの巻」として、1965年1月24日第5号~4月4日第15号までわずか11回しか連載されていません。作者は山川大助という別ペンネームでした。小沢さとるとしては、同時に「サブマリン707」の第3部「ジェット海流の巻」を連載しています。こちらも比較的短期間で連載が終り、「エムエム三太」が終了すると、「サブマリン707」の連載としては最後(そして中絶)になる「第4部 アポロ・ノームの巻」が始まりました。一方、少年マガジンに移籍した「エムエム三太」は、1965年8月1日第32号~1966年2月13日第6号まで長期連載され、秋田書店のサンデーコミックスから全2巻で出ました。
  • 2008-09-11
  • 漫中老
  • URL
  • 編集

[C135] No title

あっ・・・ペンネームの件は逆でしたっけ・・・笑
どもども・・・毎度のヨタが多くて助かります・・・はい
  • 2008-09-11
  • おいちゃん
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  • 編集

[C136] 三太

★漫中老さん
いや~、詳しくご存知で、感服します。
これからもご存知の点がありましたら、教えていただきたいと思います。
ありがとうございました。
  • 2008-09-12
  • Marrrsan
  • URL
  • 編集

[C137] どうもどうも

★おいちゃん
ほんと詳しい人がいて、情報が得られて助かりますね。出来るだけ正しい情報を書くようにお互い努力しましょう。記憶に頼るところが多いんですけど・・・・。
  • 2008-09-12
  • Marrrsan
  • URL
  • 編集

[C191]

「エムエム三太」は大好きでした。
特に第二部は好きでしたがこの第二部の内容で「エムエム三太」は商業出版での刊行が難しくなったのだと思います。
第二部は「ムウムウ教団」という宗教団体が富士の裾野に本拠を持ち最後には東京を一瞬にして灰にするミサイルを撃とうとする…
かつての某教祖は私と同世代でした…
  • 2009-03-12
  • とも
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エムエム三太  小沢さとる

santah


少年サンデーに連載された、マンガで「サブマリン707」とともに小沢さとるの傑作マンガと称されるマンガです。エムエムとは Miracle Mighty の略です。
主人公の牧村三太は生後3日目にして大人の頭脳を持ち、その機能が体の成長に追いつかないために残された命は1週間と医師に宣告されます。そこに現われたのがモハメッド博士でした。博士は彼を助け、明晰な頭脳、念力、銃弾に撃たれても回復する不死身の体の持つ少年へとッ成長させます。

と、さもこのマンガに詳しいような事を書きましたが、実はこのマンガが連載されていた事は記憶にあるのですが、連載されていた雑誌はもとよりストーリーなどほとんど覚えていません。
ストーリーのサマリーなど読むと、私の好きそうな話なのですが、なぜかタイトルは記憶にありますが、マンガはそれほど熱中して読んだ記憶がまったくありません。小沢さとるはマンガ家としても
どちらかと言えば好きなマンガ家だったのに、自分でも不思議です。
ストーリーが複雑すぎたのでしょうか?
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[C132] No title

小沢先生の作品でして連載雑誌はサンデー、マガジンと2誌にまたがっていたかと記憶しています・・・
もっともマガジンの連載は別PNで連載していたかと・・・はい
噂では手塚先生のW3での問題の報復に引き抜いたとか・・・まぁ、定かではありませんが・・・汗
秋田書店での出版後には復刻としてなつ漫キングのABC出版で同人誌レベルの出版はされましたが近年マンガショップでの復刻の依頼は断ったとかと聞き及んでおります・・・はい
お世話になったなつ漫キングへの顔立てだったかと・・・あっ、これ内緒にしててね・・・汗
  • 2008-09-09
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★おいちゃん
サンデーからマガジンに移ったと言うのはまったく
覚えていませんでした。
いろいろ教えていただきありがとうございます。
  • 2008-09-10
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[C134] No title

色付きの文字記憶に残っていないのは、たぶん短期連載だったからでしょう。
最初の少年サンデー版は、「アンロックマシーンの巻」として、1965年1月24日第5号~4月4日第15号までわずか11回しか連載されていません。作者は山川大助という別ペンネームでした。小沢さとるとしては、同時に「サブマリン707」の第3部「ジェット海流の巻」を連載しています。こちらも比較的短期間で連載が終り、「エムエム三太」が終了すると、「サブマリン707」の連載としては最後(そして中絶)になる「第4部 アポロ・ノームの巻」が始まりました。一方、少年マガジンに移籍した「エムエム三太」は、1965年8月1日第32号~1966年2月13日第6号まで長期連載され、秋田書店のサンデーコミックスから全2巻で出ました。
  • 2008-09-11
  • 漫中老
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[C135] No title

あっ・・・ペンネームの件は逆でしたっけ・・・笑
どもども・・・毎度のヨタが多くて助かります・・・はい
  • 2008-09-11
  • おいちゃん
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[C136] 三太

★漫中老さん
いや~、詳しくご存知で、感服します。
これからもご存知の点がありましたら、教えていただきたいと思います。
ありがとうございました。
  • 2008-09-12
  • Marrrsan
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[C137] どうもどうも

★おいちゃん
ほんと詳しい人がいて、情報が得られて助かりますね。出来るだけ正しい情報を書くようにお互い努力しましょう。記憶に頼るところが多いんですけど・・・・。
  • 2008-09-12
  • Marrrsan
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[C191]

「エムエム三太」は大好きでした。
特に第二部は好きでしたがこの第二部の内容で「エムエム三太」は商業出版での刊行が難しくなったのだと思います。
第二部は「ムウムウ教団」という宗教団体が富士の裾野に本拠を持ち最後には東京を一瞬にして灰にするミサイルを撃とうとする…
かつての某教祖は私と同世代でした…
  • 2009-03-12
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Author:まぁ様
昭和30~50年代のテレビ、漫画などに興味あり。

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